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東京修学旅行プロジェクト:コリアン編 上野地区

文:宮川緑

 

 王仁博士の碑は、不忍口方面から西郷隆盛像の脇を通り、清水観音堂と歩道を挟んだ向かいに立っている。周囲が小さな区画になっているため見つけやすいものの、あまり目立たないかもしれない。しかしここに立つ碑には、日本と朝鮮半島の歴史を省みる上で重要な背景が作用していることがわかった。王仁博士は『古事記』や『日本書紀』にその名が記載されており、百済から渡来し日本に千字文と論語を伝えた儒学者として知られる。そばに立てられた台東区教育委員会の看板によれば、中央の正碑は1940年及び41年に「王仁博士顕彰会」によって設置されたとある。その経緯についてここには詳しく書かれていない。調べると、1936年に趙洛奎という人物が王仁を顕彰する碑を立てるため、そこに刻む碑文の添削を依頼しようと国文学者・皇明会長である四宮憲章のもとを訪ねた。四宮はこれを受け後援会を組織し、寄付金を募る。結果として、当時の近衛文麿首相など皇室一族も含む、賛同者の名がそこに刻まれた。1940年という時期を鑑みれば、日本とゆかりの深い王仁博士が当時の植民地政策にとって好都合な象徴として利用されたことは想像に難くない。もう一つ注目すべきは、二つの碑の横に立つ小さな青銅碑である。これは2016年10月に韓日文化親善協会により建てられたもので、韓国産の御影石が使用されており、王仁博士の肖像が刻まれている。同協会の創立40周年記念事業の一環で、その除幕式について書かれた記事によれば、韓日文化親善協会と東京都東部公園緑地事務所との間で、当時の秀林文化財団理事長であり著名な美術コレクターでもある河正雄氏による調整がなされ、建立に至ったという。彼は1939年、つまり先の碑が建つ直前に生まれた人物である。植民地支配時代の歴史を今に伝えている碑のすぐそばに立つもう一つの王仁博士碑は、その時代の記憶を留めながらながらも、新たな意味をこの場所に付与する重要な存在であると言えるだろう(この新しい碑の設立の経緯については、「河正雄アーカイブ」ウェブサイトに詳しく記載されてい

23 Ueno Park fieldwork_190325_0004.jpg

る)。東京国立博物館は、日を問わず多くの人で賑わう上野公園周辺で、最も人気な観光スポットの一つだ。入り口に向かって左奥に進むと、法隆寺宝物館が見える。その名の通り、1878年に奈良法隆寺から皇室に献納された300件あまりの宝物を展示する。ここの一階の展示室には、朝鮮半島で作られた仏像の名品がおかれている。穏やかで柔和な表情を浮かべる仏像に、朝鮮半島からの影響で豊かな展開を遂げた日本の古代文化、特に渡来系仏師たちが残した仏教美術の歴史と、現在に至るまでの時間の長さに、来場者は思いをはせることになる。そして入り口から向かって右に立つ東洋館には、朝鮮半島の青銅器時代から、朝鮮王朝時代に至るまでの工芸品等が常設で展示されている。また屋外には、朝鮮王朝時代の石像が設置されている。これらは王や両班の墓を守る羊や文官の造形を模したものだという。

感想コメント

 

 東京国立博物館はあまりにもメジャーだが、古代より続いてきた朝鮮半島と日本との長い歴史を意識するため、権威としてのミュージアムを改めて見ることも重要だと考えた。ずいぶん前、私にとって印象深い出来事があった。私はこの博物館の入り口で外国人観光客と思われる親子連れに向かって、ぶっきらぼうに日本語で案内する人を見かけたのだった。親子連れの来場者は、入場券を買おうとしているらしかった。すぐそばにいたのだから、声をかければよかったものの、何もせずにいたことを恥ずかしく思う。博物館がなぜいまここに存在するのか、作品の来歴や、自分のそばでそれを見つめる、様々なところから足を運んだ人たちのことに思いをはせるなら、そのような横柄な態度は全くふさわしくないことだ。植民地支配の歴史は象徴として目に見え文字化されたものだけではなく、身近な社会とわたしの生活の中にも影響を及ぼしていることを意識することは重要である。大学からすぐそばの、距離にして徒歩10分程度の小さな範囲ではあるものの、このフィールドワークを通してそのように思った。

参照URL:

王仁博士の碑

http://krruins.cho88.com/higasinihon/tokyo/pg776.html

https://www.ha-jw.com/memorial/上野公園-王仁博士青銅刻画碑建立/

http://www.mindan.org/old/front/newsDetail15ed.html?category=2&newsid=22481

東京国立博物館

https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=hall&hid=13 (東洋館)

https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=93 (屋外展示)

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