top of page

東京修学旅行プロジェクト:コリアン編 荒川・三河島地区

文:峰岸優香

 三河島駅周辺を中心とするエリアは、戦前から朝鮮系の移民が居住してきた地域である。現在も街中には朝鮮系の市場や焼肉屋が点在し、韓国語を主とするキリスト教の教会が目立つ。この街で民族教育を行う朝鮮学校は、創立から70年を迎えるそうだ。街中の路地を進むと、同潤会建築と呼ばれる長屋の集合した住宅がある。これがかつて、「朝鮮アパート」と呼ばれていた建物である。今でも朝鮮や韓国をはじめとした、様々な国からの移住者が住んでいるようだ。

 南千住駅から少し歩いたところに、スーパーの一角に突然古びた煉瓦塀が現れる。日本羊毛工業発祥の地と言われる、千住製絨所(せんじゅせいじゅうしょ)の名残である。

 この初代所長である井上省三の碑があるのは、現在の荒川スポーツセンターの一角。

1950年代、戦争が終結し、業績がふるわなくなった製絨所の跡地には「東京スタジアム」が建設され、現在の千葉ロッテマリーンズの前進となる球団の本拠地となった。1980年代に荒川スポーツセンターが再建され、北島康介選手が幼少期に使用していたことで知られている。今でも区民が安価に利用できる施設として、人気のようだ。

この近くには、リニューアルした荒川図書館である「ゆいの森あらかわ」があり、線路を挟んで国指定の重要文化財である旧三河島汚水処分場喞筒(ポンプ)場、三河島水再生センターが並ぶ。

mkw02.jpg
mkw04.jpg
mkw01.jpg
mkw03.jpg

 

 この文章を執筆している私は、まさに今、荒川区に住んでいる。藝大のある上野に通うことになった時、この辺りで借りられる物件を探していたのだ。しかしその中で、不動産屋やタクシーの運転手といった、昔からこの地域の住人だという人たちが三河島地域について口を開くとき、どこか不穏な様子があった。「昔から朝鮮の人たちが多く住んでいてね。まぁあんまり、勧めはしないね。」

 口をすぼめて目を反らした彼らは、いったい何から目を背けていたのか。

 現在でいう荒川8丁目の周辺は、明治時代から布革産業地帯が形成され、多くの部落の人々が全国から集まるようになった地域である。戦前から中国や朝鮮から移住してきた労働者が多く働く土地であり、日中戦争後には主に朝鮮・済州島からの移民が鞄業、裁縫業に従事していた。

 1879年、隅田川沿いに、軍衣を製造する千住製絨所が創業する。これを皮切りに、1900年代初頭に皮革工場がこの地に強制移転され、また同時期に火葬場、屠殺場、肥料工場、油脂工場といった工場・施設がこの周辺に建設されていった。この時期、近隣にあった胞衣工場も含めた悪臭問題が深刻化していたこともあり、1923年には日本で最初の下水処理場である旧三河島汚水処分場喞筒場施設が完成した。先述した朝鮮からの移民は、これらの施設に従事し、また縁故採用などを広げることで、集住して産業を形成していた。

 この地帯の発展を振り返れば、日本の近代化に伴う皮革産業形成を支えた都市だと考えることが適当だろう。しかし、三河島地区はその特色から東京の「周縁部」として語られてきたのだという。それはこれらの産業が、人や獣の死、「ケガレ」を扱うものとして忌み疎まれる対象であったことに深く関係している。

 施設建設の経緯を順に追って見ていくと、東京近郊の河川流域にあることは誘因条件ではあったが、それ以上に地域に対する特定の意識が存在したために、「終末処理施設としての周縁部」が形成されたと指摘されている。皮革業と部落の存在を一体のものとみなすことで醸成された差別意識は、移住民の労働や結婚を阻害し、生活を圧迫するものであったことが、体験談として記されている。 

 三河島駅から少し歩いたところ、閑静な住宅街の一角にあるのが浄正寺だ。ここには1962年に起きた三河島事故の慰霊聖観音像がある。死者160人を出したこの事故以降、三河島の中心部は「荒川」と称され、周辺部は他の地名に組み入れられていった。

参拝していると、中国語で寺の由来が記された大きな碑がある一方で、震災や戦災に手向けられた真新しい卒塔婆が目に入る。

そして、その背後に立つのは、かつての工場跡地に建設された新しいマンション群である。都市開発によって地下鉄が開通し、都心へのアクセスが良くなったことで新住民が増加したのだ。

 

 移住と労働の歴史、市民の生活文化、色濃く残る死の存在。

調査を進めるうちに、三河島は戦前から続く土地と産業、人民の関係が複雑に積層されている土地であることがわかってきた。

かつてのような皮革の臭いはもう感じられないが、街角に漂う焼肉屋の煙もまた、死を享受する営みであると言えるだろう。

 

参考文献:

「荒川の部落史―まち・くらし・しごと」

「荒川部落史」調査会 (編集) 現代企画室(2000)

 

「在日朝鮮・韓国人と日本の精神医療」

黒川洋治 批評社(2006)

 

「外国人移住者と日本の地域社会」

奥田 道大/広田 康生/田嶋 淳子【共著】 明石書店(1994)

 

東京新聞 <地名編>三河島(荒川区) 三つの川に囲まれた“島”

2008年9月22日

(https://www.tokyo-np.co.jp/tokyoguide/hold/tokyo-tu/CK2008092202000171.html)

最終閲覧日2019/3/23

mkw05.jpg
mkw07.jpg
mkw06.jpg
bottom of page