ラオスにいったい「美術」があるというんですか?
文:住友文彦
私と研究室の学生は大学が実施するASEAN諸国との交流事業のひとつとして、ラオス国立芸術大学の教員や学生たちとレクチャーやワークショップを重ねてきた。近年はアジアの国々を活発にアーティストや美術関係者が行き交うが、私はラオスの美術についてほとんど聞いたことがなかった。正直に言って、交流事業がなければ足を運ぶことはなかった国だろう。このイントロダクションの題名は、似た境遇だったと推測できる村上春樹の紀行エッセイ集『ラオスにいったい何があるというんですか?』(文藝春秋社、2015年)から借用している。
まず滞在初日に、調査の手がかりを求めてとりあえず私が足を運んでみたのは国立博物館だった。首都ビエンチャンの中心地、メコン川にも程近いホテルから、ゲストハウスやカフェが建ち並ぶ界隈を抜けていくとすぐに建物は見つかった。現在は改修工事中と聞いていたので中に入れなくても姿を見ておくつもりだった。それは低層の西洋風の建物で、確かに古く内部の傷みも想像できる。周りを囲む庭には熱帯の植物が生

い茂り、工事のために閉じてからだいぶ時間が経っているように見えた。もう人の手が入らない植物が、過去の遺物を保存管理する建物を侵食していく風景には、廃墟にも似た強い印象をおぼえた。この博物館は、新しくコンベンションセンターなども建つ郊外の広い土地へ移転するらしい。外国資本の流入と、都市人口の拡大を想定した開発計画が進展しているのだろう。そのうち今の中心市街は旧市街地と呼ばれるようになるのかもしれない。ホテルからそこにたどり着くまでには、舗装されていない土の道にできた水溜まりを跨ぎ、路地に捨てられた食べものにありつく猫や鳥を眺め、排気ガスと車のクラクションの間を抜けて道路を渡る。その間に、のんびりとカフェで過ごす西洋人たちや大きな寺院さえも覆い隠すように工事が進むホテルが目の前を通り過ぎる。伝統的な宗教や文化を持つ静かなこの小さな街に、確実に観光と産業のグローバル化が押し寄せている。「美術」はこの国のどこにあるのだろうか?この「ミュージアム」を過去のように感じさせる熱帯の植物に覆われた旧博物館の建物のイメージによって、私はラオスに何度か訪れるための目的を見つけた。