top of page
記憶の前で ー大阪 鶴橋・西成 フィールドワーク・レコード
文:チョ・ヘス
昨年の夏、日本最大規模のコリアンタウンがある大阪・鶴橋を訪れました。西成、そしてそこで長く活動してきたココルームを訪ねることになり、その途中で立ち寄ったのです。天王寺を挟んで、斜め向かいに位置する西成区と生野区。大阪に来るようになってから、この一帯を訪れるのは初めてでした。
一方で、大阪を初めて訪れたのは高校の修学旅行のときでした。釜山港からフェリーに乗り、対馬、下関、瀬戸内海を経て大阪港に入ったのです。船の中では、友だちとわいわい騒ぎながら海を渡り、部屋では辛ラーメンを食べていました。昼に出発して一晩眠る行程で、船の中から見る海は、どれほど暗く、深かったことか。 何も見えませんでした。そして、目を覚ますと、もう到着していたのです。
この話から書き始めたのは、この航路が百年前にもまったく同じように使われていたからです。今回訪れた鶴橋のコリアンタウン歴史資料館で、同じ航路が記された地図を見たからでした。おそらく、百年以上前から使われてきた道なのだと思います。そして、私の曾祖父と母方の祖母が、解放後に釜山へ戻ったときも、たぶん同じ航路を通ったのだと思います。

大阪コリアンタウン歴史資料館の案内パンフレットに掲載されている、
1933年の主要航路の地図。釜山から下関を経て瀬戸内海に入り、大阪港に到着する。
